鍼灸整骨院あおてあ|八潮市大瀬

平日夜九時まで、土日祝日営業 不眠睡眠障害、快眠施術、自律神経の乱れでお悩みの方、交通事故に遭った方が多数来所。八潮駅徒歩10分駐車場完備


テーマ: 交通事故施術

先日15日まで春の交通安全運動が開催されておりました。

日頃から強く思うのが自転車の交通違反の罰則の厳罰化。これをやるだけで交通事故がはるかに減ると思う。

もちろん、拳銃よりもはるかに高い殺傷能力を持つ自動車を運転するドライバーは安全運転を厳守するべきなのですが…

罰則が緩い無法自転車は毎日見かけます。

特に多いのが自転車の右側通行。

※わかりやすかったのでX上にあがっていた画像を拝借しました。

 

私も人のことは言えず、無茶な乗り方をしてきたので人のことは言えないのですが…

目に余る人が多いのも事実。

軽車両であるはずの自転車に乗っているのに基本的な交通ルールを理解していない人も多いです。

最近、ネット上で話題になっている大田区の恐らく子どもがいる女性の逆走逆ギレ事件。

通称、ママチャリの人。

赤信号なのにも関わらず右折してきて本来左側通行の自転車なのに右側から抜けようとしたが、青信号で直進しようとしていた乗用車に阻まれ激怒。

何か言いながら自動車にスマホを向けている姿が、恐らくドライブレコーダーに記録されたものが出回っているのだと思います。

ネット上では、動画を晒すのはやりすぎという方もいる一方でこのまま動画を晒されず日々同じような自転車の乗り方をされてしまうと周りの迷惑になるので私刑もやむなしという意見もあります。

私は、法的にどうかは置いておいて自業自得ではないかと思いました。

これによって自転車の信号無視や右側通行がいけないという事が周知されてもらえると世の中は良くなると思っています。

当事者の女性もルールを理解することができた、今後気を付けるという旨を捨てアカウントでもいいから発信すればこの騒動も収まると思います。

なんにせよデジタルタトゥーとして後には残ってしまうと思うので、私も軽率な行動は控えたいと思いました。


テーマ: 東海道五十三次の旅

前の投稿 東海道を歩く⑩ 6日目 箱根峠~三島宿~沼津宿~原宿 | 鍼灸整骨院あおてあ|八潮市大瀬 (aoteabodydesign.com)

 

箱根八里を踏破したので今日から再びビルケンのサンダルで歩きます。

購入してから一年半履いていたのでソールが削れてしまった為リペアに出しました。

レイクタウンアウトレットの店舗に行くとお店の名前が変わっており…クオリネストという名前になっておりました。

思わず間違えたと思い探し回ってしまいました。

店員さんに事情を聞くとビルケンシュトック本体が直営店を出す為、日本の代理店ベネクシーとのライセンス契約が無くなったとのこと。

クオリネストはベネクシーの自社ブランドとのことで、まだビルケンシュトックの商品も購入できるとのこと。

ソールの張替えやリペアに関してもビルケンシュトックが日本で職人さんを雇用するのが時間がかかる為、しばらく受付してくれるとのことです。

三陽商会とバーバリーの関係が思い出されます。

3月に新宿にコンセプトストアを出店しshinjukuというモデルを発売したことも話題になりました。

さて、こちらが古いソール外側や踵に荷重がかかってますね。これは大変ダメな例です。デブは小指側に体重がかかりがち…

新しいソール、緑は限定色の為選択できなかったので茶色にしてもらいました。

フォアフットで踵を削らないように正しい歩き方を頑張ります。

価格は7,000円ちょっと、ネットで探せば一万円以下で新しいのが買えますが…

限定の迷彩色が気に入っているのとフットベッド(靴の中敷きに相当する部分)が自分の足に馴染んでいるのでありだと個人的には思っています。

今日も始発で秋葉原までつくばエクスプレス、東京駅から沼津駅まで行きそこから静岡行の電車に乗り換えます。

三島駅で伊豆箱根鉄道のラブライブ電車を発見。

アニメ自体見た事はないのですがこういう町おこしって良いですね、いろんな層の観光客を誘致できますからね。

原駅に到着。 貨物列車が通過します、東海道線は昼夜問わず貨物列車が走ります、日本の大動脈の一翼を担っているんですね。

通路に貼ってあるJR東海、吉高由里子さんのポスター

会社員時代出張で何度も東海道新幹線に乗りましたがTOKIOさんのアンビシャスジャパンが車内チャイムの定番でした、去年の夏からUAさんの会いにいこうに変更。

少し寂しい気もしますが…会いにいこうもとても良い歌です。JR東海「会いにいこう」フルMV ~ハナレグミ ver.~ (youtube.com)

JR東海は昔から良いCMが多いです、牧瀬里穂さんや深津絵里さんのクリスマスエクスブレスのCMも良かった、大人になったらこんな恋愛ができるのだと思っておりましたが世の中そんなに甘くはありません。山下達郎さんの歌も良かったなぁ。

ジングルベルを鳴らせなかったおじさんの思い出話はこの辺にしてさっさと歩きます。原駅の駅舎

原宿の浮世絵 富士山も白いし稲も刈り取られているので冬場だと思われますがすごい薄着…昔の人は我慢強かったのでしょうね。

歩道が狭い街道を歩くのはつらいので今日も千本松原沿いを歩くことにしました。

住宅地を抜け

松林を抜け、コンクリートの堤防を上ると

今日も美しい駿河湾

挨拶をしてくださる、地元の方と思われる方々とすれ違います。割と女性の方が挨拶してくれますね。

お互い歩いているので挨拶するかどうか迷う時は会釈がおすすめです。挨拶してくれたのにとっさに返せなくて失礼な事をしてしまった、挨拶したのに無視されたというストレスを軽減できるので大変便利。

会釈を無視されても気付かなかったのかと思えば大した心のダメージがない為です。

富士マリンプール、沼津市から富士市に入ったようです。

この辺りは海はありますが泳げるようなビーチがあまりないのかもしれません、サーフィンしている方もみませんでしたし。そのためこのようなプールが必要なのかもしれませんね。

ここのベンチでSTAで学んだ股関節のしつけ。これは腰痛対策にも最適、長時間歩いてずれてしまう股関節の位置を戻してあげます。これをやるとめちゃくちゃ歩きやすくなります。

富士山が見事、富士市は製紙工場の町。紙の生産量が四国中央市に次ぐ全国二位となります。トイレットペーパーでは全国一だとか!製紙工場は水がきれいな方が良いようです。

四国中央市は井川意高さんが会長、社長をされていた大王製紙がありますね。

実は我が八潮市は第六位らしいです(笑)知らなかった。恐らく段ボールなどを作っているレンゴーさんでしょうか、良く知らないので間違っていたら申し訳ございません。

地図で見ると吉原駅に近くなっていたのでそろそろ陸側に戻ります。

ここのところの気温上昇で桜ももうすぐ満開

丘の上から見る工場、これは日本製紙の関連会社だそうです。スコッティとかクリネックスの会社ですね。

草加市松江にも工場があります、業界二位だそうです。ちなみに一位は王子製紙だそうです。ティッシュでいうとネピアの会社ですね。

元々は細かい村が合併して加島村になりそこから富士町になり、その後田子の浦町、岩村町が合併し富士市になります。

昭和41年に吉原市、鷹岡町と合併し現在の富士市ができあがったそうで、静岡県第三の自治体となります。

これだけ富士山が見事に見えますから富士の名前を冠しても誰も文句は言わないでしょう。※山梨の方は言うかも

丘を下っていく途中に木之本神社があったので参拝、富士市立高校の生徒が作ったお札があったので一枚いただきました。

感じよい路地を抜けて旧東海道に復帰

東海道線吉原駅、地方鉄道の岳南電車の始発駅でもあります。吉原駅とありますが、江戸時代の吉原宿のはずれになります。

宿場町あるあるですね、鉄道を嫌がる住民、既に住宅がある場所には鉄道を通せず鉄道駅や国道の周辺のが発展してしまうという。

でもここ吉原駅よりも富士駅の方が現在の中心に近いので富士駅の方が栄えているようです。

沼川

この辺りは工業エリア、大型車が沢山通り流山街道を思い出しました。

国道139号線と旧街道の分岐点、上には国道一号線のバイパスと東海道新幹線が走ります。

本当はバイパスを歩くのが最短なのですが、旧街道はさらに内陸に向かいます。

これは津波等災害により宿場が内陸に移動していったという経緯があるそうです。

 

富士市が設置している案内柱。QRコードを読みむと街道の説明書きがあってとても親切。

小さい神社があったので通過しそうになりましたが、気になったので寄り道。

こちらは左富士神社、旧悪王子神社というそうで… 旧名がすごい名前。

一角には依田橋の一里塚跡があります、めちゃくちゃきれいにしてあります。

神社裏手に公衆トイレがあったので拝借、すごくきれいです。地域の方々の手によってきれいにされているそうです、はみ出さないように注意して使わせていただきました。

神社裏に出ると左富士※指が写りこんでしまいスミマセン…

この神社はとてもご利益がある神社らしく、古くからここにあった茶屋には沢山の旅人が訪れ、水難の際にはここに逃げ込んだ村人達が多数救われ、太平洋戦争時には戦地に行ったこの辺りの方々の生存率がとても高かったという言い伝えがあるそうです。

きれいな境内とトイレを見て、現在でもその話が受け継がれているのを納得しました。訪れることができてとても良かった。

ここのベンチでも股関節のしつけをさせてもらいました。

左富士の碑がありました。左富士が見えないのと歩道がなさそうなので裏の川沿いにむかいます。

富士山も綺麗、水も綺麗

浮世絵はこの辺りでしょう。吉原宿東海道14番目の宿場町になります。とても狭い道、東海道もこの辺りは田んぼのあぜ道のような感じだったんですね。

平家越え橋、平家軍と源氏軍が対峙した辺りと言われていますが…富士川までは結構あります。

先ほど見えた吉原駅からつながっている岳南電車の吉原本町駅。製紙輸送の為の鉄道と言われていますが、元々は戦前に敷説された日産自動車の専用鉄道だったそうです。

現在ではどちらの貨物輸送も行われておらず、地域の方の足になっており朝夕は通勤通学客がそれなりにいるようです。

電車は行ってしまったばかりだったので見ることができませんでした。ホームに入るには入場券を買ってくださいと書いてありましたが券売機も見当たらなかったのでこれ以上は入りませんでした。どこで買うのだろう?左側の扉を開ければ駅員さんがいたのかもしれません。

近くにちょうど良い地図がありました。

赤が旧東海道、オレンジがバイパス。旧街道はとても入り組んでいて遠回り。南側に新幹線、バイパスが通っているところを見るとその辺りは人があまり住んでおらず用地を確保しやすかったのでしょうね。

 

地方都市あるあるアーケードがあるシャッター商店街、全然人に会いません。ですがこの辺りに本陣があったのでかつての宿場の中心。

やってそうなお店はスナックやガールズバーなど夜のお店が多かったです。あとは古くからある洋品店等が営業している感じでしたね。

そろそろお昼なので富士市名物つけナポリタンを食べようと思いましたが…あまり盛り上がってないのか見つけられませんでした。

以前ダイバーシティにあったつけナポリタンはおいしかった。

新通町公園、初代0系新幹線。土日祝日は中にも入ることができ、周りにはミニSLの線路が敷いてあり月一回走るそうです。線路のメンテナンスも大変そう。

富士市にはかつて新幹線の駅が無く、地元自治体や企業等の出資要望により新幹線の開業から遅れる事24年、1988年に新富士駅が開業いわゆる請願駅ってやつですね。

この新幹線がいつから設置されているかは不明ですが、このように展示されているところをみると新幹線停車は地元の悲願だったということがわかります。

静岡名物ハンバーグのさわやか。御殿場店などは首都圏からも近くアウトレットに来るお客さんも多い事から休日は5時間待ちも当たり前という名店であります。

時間は12時絶対混んでいると思って行ってみると待っている方が沢山。

時間がもったいないので初さわやかはおあずけとなりました。

グーグルマップを見ると海鮮の良さそうなお店があったのでそちらでランチをすることにしました。

お昼時で混んでいたらやめようと思っていましたがお店も広く空き席もあったので入店。

日替わりのサービス品、中おち丼とイワシの刺身を注文。店員の方が本マグロの血合いをお勧めしていたのでそれも追加。

イワシがめちゃくちゃ新鮮、本マグロの血合いはごま油でいただきます。

全然臭みがない歯ごたえがあるレバ刺しのような味。注文してよかった。

運よく丸天さんの裏手が旧街道でした。ポカポカでよい陽気です。

どこからでも見えるきれいな富士山

間の宿でもある本市場

旧身延線の線路跡、今の身延線はもう少し西側を走ります。富士駅~甲府駅を結ぶ線で、サラリーマン時代出張で静岡から甲府までワイドビューふじかわで移動したことがあります。

風光明媚で物凄く良い車窓でした。

この線路が移設された経緯には創価学会が関連していると言われ、当時日蓮正宗に属していた創価学会は富士宮にある大石寺に行くために多くの臨時列車を走らせていたそうで…

さばききれなくなった輸送力を補うために1966年昭和44年に新しく線路を引いたとのこと。

その後、日蓮正宗と創価学会はたもとを分かった為、参拝の学会員も激減し臨時列車もほぼ無くなったとのこと。

創価学会は新幹線の新富士駅新設にも関わっていたそうですね。

物凄く巨大な宗教団体ですね。私は学会員ではありませんが、学生時代何人か友人がいたのですが皆とても良い人たちでした。

特に私は勧誘されることもなく、我々世代は親がやっていたけど大人になってから信仰しなくなったという人もいました。

今は会員数も減っているみたいですね。

ここもシャッター商店街。

左に行くとJR富士駅があります。

札ノ辻跡、高札場があったところですね。宿場のルール等が書いてあった場所です。

今は公民館になっています。

この辺りはのどかな住宅街、幹線道路やバス通りは車の通りも多く、歩道が狭いか無い事も少なくないので落ち着きます。

ここで幹線道路に合流、現在の身延線柚木駅。ここは高架化されております。

再び旧街道は住宅街になります。良い感じの土手が見えてたので登ってみると。

雁堤※かりがねつつみ

にでました。富士川の氾濫を治める為に築堤された堤防だそうです。

とても広いです、野球やサッカーのグラウンドが延々続きます。静岡は日本のブラジルとも呼ばれるくらいサッカーが盛んですよね。

桜がとてもきれい。お花見している高齢者のグループがおりました。

家の近くにこんな場所があってうらやましい。この辺りで20キロくらい、足が痛くなってきます。主に腿の外側。

堤を抜けると渡船場跡でもあるその名も水神社。富士川はよく氾濫していたのでこの名がつけられたのでしょうか?

ここでもお参りして、ベンチがあったので股関節、大腿のしつけ。

いよいよ静岡四大河川の一つ富士川を渡ります。安倍川、大井川、天竜川と広大な河川があります。

人材派遣の会社で働いていた時に静岡の方を企業に案内するときはどんなに距離が近くても川を渡ってくれないという事がありました。

全国どこでもそうなのですが川幅が広い為、橋が沢山かけられず慢性的に渋滞が起こってしまうため通勤時間がものすごくかかるんですね。

あれは大変だった。静岡は工場が沢山あるので仕事はあるのですが人を入れるのが難しいという問題がありました…

富士川橋は1924年大正13年にかけられた橋、今年で100周年になる立派な橋です。形もかっこいい

それ以前は木造の橋をかけたりもしたそうですが、基本的には渡し舟だったそうです。

水量が多く流れもキツイです、ここは歩いて渡るのは厳しそう。

橋の上からは遮るものがないので富士山を見るには良いスポットです。

信仰の対象になるのも頷けます。

橋を渡ったら右に曲がってすぐに旧東海道入り口があります、ここからは上り坂になります。

箱根から三島に下ってから久々の登り坂。

上から見た富士川橋

ちゃんと案内が記されております。

岩淵小休本陣 間の宿だったのでしょうか、いい感じの壁。

公開している日もあるそうです。

何故丘の上に東海道があるのかというと…先ほどの雁堤ができたことにより富士川東岸は安全になった反面、こちら側の西岸は水害に合う事が多くなってしまったそうです。

そのため、山の斜面に街道や住宅が建つようになったという経緯があるみたいですね。

赤の点線が旧東海道、距離でいうと下の道を行った方がはるかに近いですし、坂も上らずに済みます。

今は治水対策も進み、川岸にも人が住めるようになりました。

今日歩いて来た製紙工場群があんなに遠くにみえます。

富士市商工会の横にある、富士市民俗資料館。中を見たかったですが時間がないので諦めました。

岩淵の一里塚、両側に残っているのは嬉しい。

毎度の事ながら20キロ超えると足が辛い、中之郷道標にベンチがあったので水分補給と股関節と大腿のしつけ。

向かいのベンチに散歩中と思われる杖をついた高齢男性がこちらを見ていたので会釈。

上を通っているのは東名高速道路。この旅初めて東名高速道路と交差します。

東名高速道路をくぐって左に曲がって道なりに進むと和菓子のツル家さんがありました。名物の栗の粉餅を食べたかったですが残念ながら定休日。

当時食べられていた栗の粉餅を現代風にアレンジしたものを売っているそうです。東海道を電動自転車で走ったスーツさんも食べていました。

分かれ道、行き止まりと書いてありますがグーグルマップを見ると徒歩なら行けそうだったので右に行ってみます。

やはり行けました、思いのほか狭く自転車は行けないですね。

この上は東海道新幹線が走っています。東名と違い東海道新幹線は結構交差してます。

新橋→品川→小田原→三島→富士市→蒲原と6回目の交差

いい感じの住宅

また坂道が続きます。

登りきると東名高速道路にぶつかります。静岡市の看板、ここが富士市と静岡市の市境になる感じですね。

静岡に入り、函南町、三島市、清水町、沼津市、富士市と4つの自治体を歩いて来たんですね。

橋の上から見た東名高速道路

ここからは下り坂になります。

アルミの工場が海側に見えてきました。

蒲原宿の東木戸跡 木戸とは宿場の入り口にある門ですね、品川にも高輪大木戸跡がありましたね。

15番目の宿場町になります。


浮世絵は雪で寒そう(笑)

ものすごく巨大なパイプ、地図で見ると日本軽金属の発電所につながっていたので恐らく水力発電の設備なんでしょう。

この橋を渡ると江戸資料館がありましたが…時間が無いのでここも見れず。

軒先で売っていた甘夏を一袋購入、甘酸っぱくておいしかったです。

蒲原駅まで歩きたかったですが宿場の中心は新蒲原駅の方が近い為、新蒲原駅から帰ることにしました。

品川から上野東京ライン常磐線直通列車があったので乗り換えましたがグリーン車がない車両でした(泣)

しかたなく立って乗車、今後の参考にします。

段々距離が遠くなってきたので次回からは新幹線も活用します。次回は恐らく5月になるでしょう。

2024年4月2日 原宿~吉原宿~蒲原宿

26.53㎞ 7時間48分

当日の総歩数総距離47,205歩 31.30km

八潮-秋葉原 471円

南千住ー八潮 335円

秋葉原-原 新蒲原-南千住 2,410円 青春18きっぷ利用

往復グリーン券 3,100円

昼食 丸天さん 確か2200円くらい

甘夏 300円

飲み物 390円

計6,796円

総計55,871円

 

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テーマ: 東海道五十三次の旅

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2024年3月19日曇り

今日もつくばエクスプレス八潮駅の始発に乗って東海道本線三島駅に向かいます。

グリーン券を買おうとしたら1,550円の料金が表示され…一瞬慌てたのですが座席前のチラシを見て納得。

3月16日より料金改定がされたんですね。まあ今までが安すぎましたね。

朝夕のラッシュ時でない限り隣に誰か座ることもありませんし、150キロまで快適に座っていけると思うと安いもんです。

草加駅から八潮までタクシーに乗ると車で20分の距離でも3,000~4,000円かかることを考えたら…1,550円の追加でで二時間快適に座っていけるのはかなりバリュープライスです。

今までよりも往復で1,100円多くかかりますが、まあ許容範囲ですね。

当然箱根峠には駅はありませんのでどこかの駅からバスに乗らなければいけません。

前回の帰りは熱海駅までバスで行きましたが、時刻表の関係で一番効率が良かったのが三島駅からバスで行くルートだったのでそちらにしました。

8時ごろ三島駅に到着

学生さんや通勤客でホームはいっぱいでした。正直地方って車社会なので電車通勤する人は少ないのかと思っていましたが…

結構、普通にいましたね… 新幹線の駅でもあるのでスターバックスもあり中々都会、八潮はスタバ、タリーズ、ドトールもありませんからね。

バスの時間まで15分あったので駅の立ち食いそばで、かき揚げそばに三島コロッケをトッピング

三島はコロッケも有名だそうです、おいしいジャガイモが採れるんですね。

後で勉強会で知り合った沼津に住んでいる先生に聞いたら、三島は特にジャガイモが名産というわけではなくジャガイモなら名物にできるであろうと無理矢理作った名物とのこと。

味がおいしいので良いです。

元箱根港行のバスに乗ります。こちらも立ち客が出る位には混んでいます。

途中、三島スカイウォークという地元のパチンコ屋さんが経営しているつり橋で沢山人が降ります。

それ以外の方は元箱根の辺りで働いている方々だと思います。

箱根峠で降りるのは私だけでした。時間はちょうど9時

さらば、相模の国、さらば神奈川県

まあ帰りに電車で通過するのですが…

ここからは静岡県、江戸時代の国名では伊豆国になります。

グーグルマップで調べると箱根峠から静岡と愛知の県境湖西市まで東海道で180キロあります!日本橋に行くより遠いのです。

いかに静岡県が東西に広いのかわかります。

すぐに、箱根エコーパーキングという広大な休憩所があったのでトイレを拝借

この辺りは函南町という町になります。

この看板のゴルフ場方面に向かうと旧街道石畳があるのですが…

ここは確か2019年の台風の際に石畳が流されて壊れてしまい通行止めになっているそうで…ストリートビューでも確認できます。

ただ、函南町の役場のホームページでも現在の状況が見つけらず…ネットで調べたら知らずに行って引き返したという人の投稿もあったので当日復旧しているかどうかわからなかったのですが…

今回は三島側からバスで登ってきたので出口を確認したところ、通行止めになっていたので無駄足にもならずに助かりました。※これは2024年3月19日の情報です。

復旧にお金もかかりますし…函南町の町の中とはいえ、下っていくと三島市に入ってしまうためお金をかけて直しても函南町にお金を落としてくれるわけでもないので町としても復旧する経済的合理性がないのかと想像しました。

残念ですがタダで歩かせてもらっている以上文句は言えません。ということでバスで登ってきた国道一号線を下ります。

旧街道の通行止め

ネットで見ると土嚢等が積んであったのできれいな金網が設置されておりました。

接待茶屋、今は何もありませんが江戸時代ではここで軽食などを提供していたそうです。

ここから旧街道に入れます。

箱根旧街道図、現在地の上の赤い部分が通行止めだったところです。

山中一里塚、まさに山の中

かぶと石、なんでも小田原征伐の際に豊臣秀吉がここで休憩し兜を置いたとか、形が兜に似ているからと両方説があるそうです。これも前回お伝えしたとおり、後年おっさんが適当についた嘘が現在に伝わってる可能性もありますよね(笑)言い伝えとか、宗教、変な風習とかって始まりはそんなおっさんの戯言も多かったのではないかと思います。女性の可能性ももちろんありますが…今はジェンダーフリー多様性の時代なので発言には気を付けないといけません。

まあポリコレ、フェミニストが大嫌いなワタクシの本音はどうでもいいと思ってます。こんなブログ読んでる方はそう多くはないと思いますので炎上はしないと思ってます。

三島市を一望できる展望台があるというのでまだ元気なので寄り道。

途中20名くらいの高齢の方々とすれ違います。山では知らない人とでも挨拶をするのがマナーなので挨拶をします。

挨拶を返してくれない方もいますが、シャイなのかもしくは耳が遠いか挨拶をする余裕がないくらい疲労していると思いますのであまり気にしてはいけません。

曇りで残念ですが、今来たばかりでこれから向かう三島市の素晴らしい景色。

旧街道に戻ります、先ほどすれ違った方々に追いついてしまいました。

気を使わせては悪いので広いところですみませんと言いながら追い抜きます。そうしたら白髪の宮崎駿さんをシュッとさせた様なさわやかな年配のガイドさんから「東海道を歩いているんですか?どこまで行くんですか?」と聞かれたので「今日は原宿まで行きます、最終的には京都の三条大橋を目指しています」と言うと「何泊で行くんですか?」と聞かれたので「休みの度に来て再開しているので何日かかるんでしょうね~」と答えておきました。

こういうコミュニケーションて良いと私は思っています。日本人てたまたま居合わせた他人と話をするのが下手な人が多い民族だと思います。

欧米人て滅茶苦茶うまい。私がいたニュージーランド人も知らない人でも滅茶苦茶フレンドリー。

海外の方に日本人はとても親切のように言われる事がありますが、何故か外国人にはできるんですよね。相手が上手いからなのか、もしくは外面だけは良い人間が多いのか。

アメリカや欧州などは多民族国家が多いので私は敵じゃないよという意味で、街中ですれ違う際やエレベーターで一緒になって目が合うと微笑むという説もありますが…

日本人ももう少しコミュニケーションが上手くなった方が良いと思います。国際線の飛行機なんかに乗ると下手したら10時間くらい隣で過ごすのでお互いに過ごしやすいように私は必ず挨拶をするのですが、日本人にはたいてい「はぁ…」みたいな対応されることが多いです。

「別にお前と友達になりてえ訳じゃねえし、このコミュニケーション下手が!」と心の中で罵っております。※もちろん紳士的にはふるまいます。

マンションなんかでも挨拶できない人とか、車を運転していて交差点で出くわした歩行者や自転車の人とかアイコンタクトすらできない人が結構います。

コミュニケーションはいらんもめ事を減らせたり、安全に過ごすために大事だと思うんですけどね。

ご近所トラブルとか電車内のケンカとかコミュニケーション下手が起こす事が多いのだと思います。

登山道の出口には農家らしき民家があり、そこを抜け横断歩道を渡るとまた街道が続いています。

埋もれていた石橋がありました。1995年平成7年に発掘されたそうです。

この辺りは崖上が国道の為…コンビニの弁当箱やペットボトルなどが散乱しています。

恐らく上からドライバー達が谷に捨てるのだと思われます、残念なことです。

いつものようにゴミを拾いながら歩きますがさすがに全部は拾えませんでした。

立派な木々、何メートルくらいあるんだろう。

また、道路にでると山中城址跡にでました。色々堀の跡等あるらしいのですが…時間がないので少しだけ見て退散。

ここ山中城は有名な豊臣秀吉の小田原征伐、小田原攻めの舞台の一つ。

北条氏政と豊臣秀吉の関係が悪化すると小田原城の西の防衛の為に山中城を改修していたそうですが間に合わず6万8千人の軍勢に攻められ半日で落城したそうな…

3千人で対抗したそうなので北条方は2千人が討ち取られたそうです。太平な日本に生まれてよかった。

自分が北条方の将兵だったらかなり嫌ですよね、山の中に逃げてしまいそう。そんなのがバレたら一族郎党に迷惑がかかりそうですしそれも許されぬ状況なんでしょうが…

夜に来たら亡くなった将兵達の霊が出てきそうですね、成仏しているといいけど。

小さい神社があったのでお参り。

きれいに整備してあります。

 

この辺りはバスで登ってきた旧道になります。民家が並んでおります。

魔女の宅急便のジジのような黒猫

この先が山中城址跡の駐車場がありました。駐車場にトイレがあったので拝借。

峠は寒かったのですがこの辺りになると気温が上がってきたのでユニクロの極暖からスウェットのパンツに履き替え。

お蕎麦屋さんも併設しておりました。

ここから先もきれいな石畳、これを保全するために沢山税金を使っているんでしょうね。ありがたいことだ

再び通りにでるとドラゴンキャッスルという巨大なアスレチックがありました。まだ午前中で平日なので閑散としております。

明日は祝日なので賑わうのでしょう。

バイパスに突き当り横断歩道をわたるとまた旧街道に入ります。

事前に色々調べたところ三島側は小田原側に比べてなだらかそうだったのと、三島から先は平地になるので登山靴は履かずにアシックスのランニングシューズゲルカヤノで挑んでおります。予想通りでしたが三島の石畳はかなり気合が入っていて良いつくり、ところどころコンクリートで固めた上に石畳が置いてあります。大変申し訳ないのですが景観はかなり良いのですがかなり歩きづらい(笑)

バイパスの上に架かる橋にも石畳、非常に歩きにくい。

この辺りは無法者が訪れにくい場所なのでゴミなどは全くありません。

怠惰な人間が簡単にアクセスできる道路沿いや大きい駐車場などはゴミが沢山落ちていますね。

残念ながら終日富士山には雲がかかっておりました。

再び国道に架かる橋、ただ歩くだけの歩道にも手を抜かない静岡県。

リニアモーターカーも早く通してもらいたいものです。

下っていくと三島スカイウォークが見えました。写真右側にはタダで景色は見させんとばかりに塀で覆ってあります。

お金をかけてつり橋をかけたわけですから当然でしょう。

最近どこの観光地に行ってもある、その場所の地名などを模した英語のサインの前で映え写真を撮る人々。

ここまで来ると畑が沢山あります。三島側は日当たりが良いので農地が沢山ありますね。

小田原側はどうしても日陰になってしまうので苔が生えて昼間でも鬱蒼としておりますが、三島側はとても明るい。

日が当たるのはとても良い事で、緯度の関係で日に当たらない事が多い北欧の国々ではうつ病になる方も多いんだとか。

欧米人てオープンテラスのカフェなどで飲食をすることが大好きなのは短い日照時間を有効に活用する術なのでしょう。

夏が短いニューヨークでも夏の休日には沢山の人々が野外に出ていた事を思い出しました。

修善寺方面

畑の間にも石畳

ここを下ると下長坂、通称こわめし坂と呼ばれる急坂になります。

なんでも現在では12パーセントの傾斜だが、昔は20~40パーセントの急坂であったそうで背負った米も人の汗や蒸気で蒸されて強飯こわめしになった事からその名がついたとか。

幸い下りなので肺に来る辛さはありませんが、大腿四頭筋や足裏の前方に多大な負荷がかかります。

ここでのダメージが今日の旅を苦しめる事になります。

こわめし坂をしたから臨む、すごい坂だった。

ここからは緩やかな下り坂になります、またバスで登ってきた旧道に沿って歩きます。歩道が狭いので家々から突き出ている植物が顔や体に刺さるので注意が必要です。

のどかな風景

分かれ道があったので地図を見るとやはり旧街道、地元の方々が植えたお花がきれい。

時雨坂というそうで、公民館、小学校、幼稚園がありました。

何故か振袖を来た女性たちが小学校の校庭にいました、小学校の卒業式なら親が振袖を着ることもないと思うのですが…

親というには若い感じだったので謎でした。

 

階段を降りていくとまた道路に出ます、そしてさらに進むとまた石畳の旧街道がありました。

今見てみると似たような写真ばかりです(笑)

でもどこも絵になる素晴らしい場所がたくさん。

静岡と言えば柑橘類、民家の軒先にも立派な実がなります。

これだけ日当たりが良いので名産になるのも頷けます。

伊豆フルーツパークまで戻ってきました。

温室などで育てられているフルーツを狩ることができるみたいです。この辺りまで来ると坂もなだらか

歩いていくと新しめの高速道路が… 三島塚原インターチェンジ

調べてみると沼津から修善寺の先までつながっている伊豆縦貫自動車道というそうです。小学生の時に修善寺、西伊豆を訪れた時は当然下道だったので便利になったもんだ。

立派な松並木

ここは歩道にも石畳が敷いてあります、とても歩きにくい。

スーツさんはここに電動自転車で突っ込み断念していましたね(笑)

富士見ヶ丘というだけあって富士山が見事に見えます。関東にも富士見台とか富士見という地名はいたる所にありますね。富士山はそれだけ日本人にとって特別な山なのでしょう。

錦田一里塚など歩道はとてもお金がかかっている感じがします。三島市は財政が豊かなんでしょうね。

この辺りで小田原で別れた東海道新幹線と交差しますがトンネル区間なのか全然気が付きませんでした。鉄道は山を越えられないので、小田原から熱海の方を回って函南町などトンネルをくぐってくるんですね。

もちろん最短距離は私が歩いた箱根路になります。

ローソンとガソリンスタンドが併設されているところでトイレを拝借。

ここから旧街道は1号線と離れ再び住宅街を行きます。

旧東海道踏切、行きと帰りにもお世話になるJR東海道線。

住宅街を歩いていきます。山田川を渡ります、地方に来ると思うのですが河川の水が透明できれい。

東京郊外に住んでいると川は濁っているものというのが当たり前ですが、本来これだけきれいなんでしょうね。人口密度が違うんでしょうね、あとは富士山からの雪解け水が絶え間なく流れているから淀むこともないのでしょう。

ロンドンのテムズ川なんかも水道事業が民営化され経営難で浄化が間に合わず汚染が進んでいるという話がありますが…日本も同じように民営化していったら同様の事が起こるのかもしれません。

民間企業は利益を出さないといけないので民営化も良し悪しなようです。

 こちらは大場川これを渡ると三島宿、東海道11番目の宿場町となります。

三島大社前、ちょうど浮世絵にも描かれていますね。似たようなアングルで取りたかったのですが道路の反対側に行く時間も体力も惜しいのでしませんでした。

せっかくなので三島大社を参拝、結構人がいます。

本殿には行列ができています。

にも関わらず前の夫婦や中年女性の二人組がが長々と手を合わせています… どこの神社仏閣にもこういう人っていますね。何かお願いする事が沢山あるのかもしれませんが、後ろの行列を見て早く切り上げよう他人に配慮しない人にご利益なんてないと思うんですよね、と他人を蔑んでばかりいる私にもご利益は無さそうですが…

私は旅をさせてもらっている事、家族の安全に感謝祈願し秒で参拝を終わらせます。

気を取り直して、楽しみでもあった三島のうなぎを食します。

お店は門の横にあるひいらぎさん。三島には沢山のウナギ屋さんがありますが、こちらは口コミも良かったのでここにしました。

うな重上、3,800円 私はちゃんとしたウナギ屋さんでウナギを食べた事がなかったのでめちゃくちゃおいしかったです。

このお店の山椒もさわやかな辛さでとてもおいしい。お土産で買いたかったですがケチマインドが発動し何故かやめました。

伊豆箱根鉄道駿豆線の広小路駅、駿豆と書いてすんずと読みます。 駿府の駿と伊豆の豆ですかね、三島と修善寺を結んでいます。

広小路とは全国至る所にありますが、読んで字のごとく広い街路の事。こちらはモータリゼーションによって国道や高速道路の整備により広い道ではなくなりました。

アニメラブライブのラッピング電車でその界隈には有名、せっかくなので見たかったですがローカル線で頻繁に運行しているわけではないので見るのは断念。

この手前の源平川沿いに、三石神社と時の鐘という観光名所がありましたが…桜家という有名なウナギ屋さんを待つ人で溢れていた為撮影はしませんでした。

ここから先は旧街道にありがちな歩道がないのに交通量がそれなりにある道になります。

常夜灯があります、この辺りが京側の見附になるのかもしれません。

ここで少し寄り道、柿田川湧水公園。東洋一と言われる富士山の湧水ということで見ないわけにはいかないでしょう。

ランチを食べてから左足第二指の付け根が痛かったので小石でも入ったかと思い、手前の運動公園のベンチで靴を脱ぐと石は入っておらず靴下を取ってみると見事な水ぶくれが…

箱根の急な下り坂を降りるのに指先接地をしていたつもりができていなかったようです、靴だったのでいつもの五本指ソックスではなく業者さんにいただいた新品のスポーツソックスがタイトで慣れていなかったというのもあったかもしれません。初日以来の水ぶくれ、当たらないように親指に力を入れます。

公園内にある第二展望台から湧き水を見ることができます。かつて製紙会社で使われていた井戸だそうです。めちゃくちゃ美しい、ずっと見ていられます。

飲んだらおいしいんでしょうね、現在も生活用水として使用されているそうです。ここももちろん投げ銭禁止です。

小さいお孫さんを連れたおばあちゃんが手すりの上に乗って孫と一緒に井戸を撮っていましたが…落ちたらどうするんだろうと思っていると…

「お母さんやめて」と娘さんが止めていました。そりゃそうだ、婆さんが落ちて死ぬのは勝手だけど知らない所で子供が真似して転落したらどうするんだ。

そもそもこんな素敵な場所で婆さんが死んだと曰くが付いたらたまったもんじゃない。

老いては子に従えと言いますが娘さんがまともな大人に育ってよかった。

年を重ねても物事の分別が付かない人間はいるものです。

第一展望台に行くとこちらも綺麗、水底の砂地からこんこんと湧き出る清水。この辺りは駿東郡清水町と言います、まさに名は体を表す。

静岡で清水というとちびまる子ちゃんで有名ですがそちらは静岡市清水区(旧清水市)となりここからは結構離れていますので別の自治体となります。

私の写真の腕前でそれを伝えることができず残念、是非現地に行かれてください。

国道を西に進み、東海道に復帰。

護岸工事をしている黄瀬川を渡ります。

交通量が多い県道を行くと旧街道の分かれ道が…

この辺りは退屈な住宅街…奥に見えるのが狩野川のコンクリートの塀。

と思っていると一里塚が… 左側の石は玉砥石と言って玉を磨いていたそうで、玉とは恐らく宝石のようなものかと思います。大昔西暦930年頃からあるそうで大変古いものだそうです。

また県道に戻り再び旧街道への分かれ道、川廓通り。廓くるわというと遊郭などを表す隠語ですが、城壁など壁という意味が本当だそうでこの先の右側の広場が沼津城跡ということでここでは城壁という意味ですね。遊郭では売られてきた遊女が逃げ出さないように壁で囲っていたので廓と呼ばれていたんですね。勉強になった。

この北側がJR東海道本線沼津駅。お城は二度の大火に見舞われ、空襲により壊滅しお堀も埋められてしまったため現在ではその存在を留めるものはほとんどありません。

知らないうちに沼津宿にはいっていたようです、日本橋から数えて12番目の宿場町です。伊豆の国から駿河の国に入りました。

狩野川ですね、同じ場所を歩いてきていますがコンクリートの塀で遮られているため川自体はそんなに見えませんでした。水害から街を守る為には仕方ないですね。

送別会帰りなのか卒業式なのかホテルから花束を持った年配の男性とスーツ姿の女性達がでてきました。

もうそんな時期ですね。

地方都市にありがちなシャッター商店街… 広大な駐車場を完備した郊外型ショッピングモールにお客さんが流れてしまうんでしょうね、地方都市はこういう光景をよく見かけます。

京側の見附は恐らく過ぎたと思われますのでここで千本松原沿いを歩こうと思い、海側に抜けます。

これは千本どころの松ではないですね…実際は狩野川河口から田子の浦まで約10キロの間に30万本以上植えられているそうです。

飛行機から見ることができます。ここは地域の農民の方々が風や波から農地や住居を守る為に松を植えたそうです。

修善寺や深海水族館側を望む、素敵な場所です。

ここは昭和の時代からコンクリートの堤防が築かれその上がサイクリングロードになっており車は入ってこれません、散歩している方や自転車の方々がおります。

東海道は時代と共にルートを変えており海沿いを歩いている時もあったみたいです。

北条水軍と武田水軍の海戦が行われた場所でもあります。

江戸時代の人々も天気が良い日は海沿いを歩いたのではないかと思います。もうすぐ16時先を急がねば、段々肌寒くなってきました。

すごい松の数 風で松の形がリーゼントのようになっています。

駿河湾は物凄く深くなっておりとても良い漁場になっています。夕飯には少し早いですがせっかくなので沼津の海鮮を食べたくなり千本街道沿いにあったこちらの回転寿司へ。

丸ビルや羽田空港そしてなんと流山おおたかの森にも支店があるそうですが、現地でなければ食べられないネタもありそう。

とてもおいしかったです。

「沼津魚がし鮨」グループ|港直送の新鮮・でかネタの流れ鮨、宅配寿司 (uogashizushi.co.jp)

ここから原駅までは3km、足の痛みに耐えながら進みます。

13番目の宿場町原宿に到着です。 原宿はとても小さい宿場町なのでそんなに見るところもないみたいなのですが、白隠禅師という有名なお坊さんが生まれた地であります。

「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」とうたわれていたそうで。千本松原といい駿河の人々は控えめで謙虚な方が多いのでしょうか、駿河はとても素敵な場所なのでもっと誇っても良いと思うのですが…

白隠禅師は江戸時代には既に廃れていた禅を江戸時代風にアレンジして広めた方だそうで、禅は今や一部の外国人にも親しまれている事を考えると禅を現代にも伝えた功績がある偉大な方だったんですね。私の大好きな沢木耕太郎さんの旅行小説、深夜特急にも外国人に禅とは何か?と聞かれた場面があり…禅とはbeing on the road途上にあるものだと思うと答えていましたね。グーグルで調べると禅とは古くからインドで行われてい精神を一つの対象に集中し真の姿を知ろうとする修行法とあります。

沢木耕太郎さんの解釈も素敵ですよね、さすが作家さん。

疲れと暗さで白隠禅師の墓所がある松蔭寺を通り過ぎてしまい戻る気力も体力もなかったので交差点を撮影、白隠生誕地前。修業が足りないワタクシ。

原駅に到着、時刻は18時ちょうど熱海まで行きそこから上野-南千住ー八潮と乗り換え21時30分過ぎに自宅に到着。

段々遠くなってきました。

2024年3月19日 箱根峠~三島宿~原宿

29.32㎞ 7時間22分

当日の総歩数総距離49,014歩 35.53km

八潮-秋葉原 471円

南千住ー八潮 335円

秋葉原-三島 原-南千住 2,410円 青春18きっぷ利用

往復グリーン券 3,100円

三島-箱根峠 バス 1,090円

立ちそば 530円

うなぎ3,800円

回転寿司 忘れました(笑)

計11,736円

総計48,985円

 

足のケアはシックスパッドパワーガンでも行っております。先日もお客様にご注文いただきました。

弊所でお試しいただけますのでぜひご利用ください。

SIXPAD Power Gun Pocket 小型マッサージガン レビュー | 鍼灸整骨院あおてあ|八潮市大瀬 (aoteabodydesign.com)

 

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