鍼灸整骨院あおてあ|八潮市大瀬

平日夜九時まで、土日祝日営業 肩こり、腰痛、自律神経の乱れ、更年期障害、頭痛等でお悩みの方、交通事故に遭った方が多数来所。八潮駅徒歩10分駐車場完備


テーマ: 東海道五十三次の旅

いよいよ初日、東海道行脚スタートです。

9時に起床、当日までどうしようか迷っていましたがこれを逃すと最低一か月は先になってしまうのと秋とは思えない温暖な気候だったこともあり出発を決めました。

初日という事もあり目的地は品川宿、行ければ川崎宿まで行きたいと思い電車を乗り継いで東西線、銀座線の日本橋駅へ

リニューアルされており木目調の和風なデザインが良い感じです。

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銀座線は日本で一番最初の地下鉄という事もあり天井が低いです。

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日本橋を渡っていざ出発、長い旅の始まりです。

国道15号線を銀座方面に向かいます。

三越本店側から見た日本橋、三越(旧越後屋)は1673年創業というから驚きです。

ワタクシはデパ地下部分くらいにしか用はなさそうです。

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出典 東海道五十三次之内 日本橋 朝之景 – 歌川広重 – 日本画 – 名画 – Canon Creative Park

浮世絵の日本橋は写真とは反対側から見た図ですね、朝木戸が開き大名行列が旅立つところと魚河岸から仕入れた魚を売りにいく行商人だそうです。

昔は日本橋の北岸には魚市場があったんですね。

ちょうど昼の12時とあってランチを食べに行くサラリーマンたちがたくさんいました。

ビルケンのサンダルでリュック姿の私は完全に浮いております。

首都高速についている日本橋の文字は最後の将軍徳川慶喜が書いたものだそうです。

道路原票日本道路元票

江戸時代は五街道、現在は七つの国道の起点となります。本来の元票は車道にあるそうです。

 

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橋の上から見た日本橋川

2035年から首都高の地下化工事が始まり、2040年には高架の撤去も完了するそうです。

ある意味いまの状態を見るのも貴重な体験かもしれません。

看板

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西川ふとんがあったビルが建て替えしておりました、昔の日本橋の写真が工事現場の外壁に描かれており中々興味深いです。

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コレド日本橋室町があります、日本橋界隈は三井グループですね。三越も三井グループのルーツだそうです。

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少し歩くと右側に東京駅八重洲口が見えます。

向こう側のビル群は三菱地所など三菱系列となります。丸の内は三菱村とも呼ばれますね。

京橋

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し歩くとまた首都高速の高架が、下には京橋の一部が残されております。

かつてはこの下に京橋川という川が流れており、日本橋を出て京都に向かうのに一番最初の橋が京橋であったそうです。

江戸は水運が盛んでこのような川が何本もありました。

物流の主役が舟から自動車の時代になり1954年昭和34年に首都高設置のため埋め立てられたそうです。

たもとに警察博物館がありとても興味が惹かれましたが時間がいくらあっても足りないので通過。

後日訪れよう。

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銀座交差点 銀座は読んで字のごとく貨幣の鋳造と銀地金の売買を行っていた場所で、日本で一番地価が高い場所と言われています。

銀座役所は現在のティファニー銀座本店がある場所だそうです。この辺りは欧米や東南アジアからと思われる観光客がたくさんいました。

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銀座を過ぎると人通りも少なくなります、そして再び高架が現れます。

ここも京橋と同じ時期に汐留川が埋め立てられ役目を終えた新橋。

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新橋駅に到着

新幹線がひっきりなしに通過します、これに乗れば現代では二時間半で京都に到着できるわけです。

自動販売機

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンビニと並ぶ現代の茶屋、自動販売機。私のような貧しい町民には嬉しい100円のノーブランドのスポーツドリンクを購入

増上寺

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大門の交差点、右手には増上寺が見えます。

私が尊敬する安倍晋三元首相など数々の著名人の葬儀が行われた歴史ある寺院です。

その奥には六本木ヒルズが…現代の天守閣ですね。

かつては若手のIT長者達がこぞって住んでおりましたが今はどうなのでしょう?

ワインを持ちながら「見たまえ人が虫のようだ」と我々を上から見下ろしている身分が高い方がいるのかもしれません。

資本主義社会は見えない身分が存在するのです、でも私はそれをネガティブにはとらえていませんが…

頑張って努力した人間が豊かになるのはある意味正しい姿だと思います。

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現在マイナス2kgで体重計を表示しているというジムを発見。

何か合理的な理由があるのか考えましたが脳に糖質が不足しているのか理由は不明。

誰か教えてください。

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浜松町駅を過ぎると金杉橋が、東京湾竹芝ふ頭にそそぐ古川にかかっております。

屋形船が係留されておりました。

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直前にあまりおいしくないそばを食べてしまったので食べられませんでしたが。

文政8年1825年創業の鶏料理のお店が!お弁当もあったのでここで食べればよかった…

西郷さんも食べたのでしょうか?

今度改めて訪れたいと思います。

お蕎麦屋さんは少し酸っぱい味がしたのと少しおなかを壊したので※因果関係は不明

営業妨害にもなるので掲載はやめます。

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田町駅の近くまでくるとこんな石碑が…

薩摩藩の蔵屋敷があったところで現在は近代的なビルが建っております。

幕末に西郷隆盛と勝海舟が会談し江戸の住民を戦いから守るため江戸城無血開城を取り決めた場所だそうで。

小説やドラマ、映画でもよく出てくる場所ですね。

都内はこういったものがシレっとあります、車や電車で移動していると見逃してしまうものを発見できるのも徒歩旅の醍醐味かもしれません。

高輪大木戸

 

 

 

 

 

 

 

しばらく歩くと都営浅草線の泉岳寺駅の脇に高輪大木戸跡が…

左側には2020年に開業した高輪ゲートウェイ駅の周りの大規模なビル建設が行われております。

大木戸は街道筋にある簡易的な関所で夜間は閉められ江戸の安全を守っていたわけです。

isigaki大木戸 大木戸後説明

 

 

 

 

 

 

 

 

漫画藤枝梅安でも木戸番の男が出てくる回がありました。

梅安先生の鍼灸院はここから品川台町なのでまさに漫画小説の舞台なのです。

高輪ゲートウェイ駅の駅名由来はこの高輪大木戸だそうで、そのまま高輪大木戸駅でもよかったのではと個人的には思います。

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国道15号沿いにはこのようにビルの間に神社仏閣が多数あり、とても古いお店なども点在します。

このことから、とても歴史がある街道なのだと感じることができます。

品川駅

 

 

 

 

 

 

 

やっと品川駅に到着。

品川駅がある場所は港区で品川宿があった場所はもう少し南側になります。

駅の向こうの高層ビル群は昔は海だったそうです。

ここまで10kmほど、左足の中央部にマメができました。

日本橋を発ってからちょうど2時間

トイレ休憩をして先に進みます。

一日目地図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の記事、東海道を歩く②1日目 品川宿~川崎宿

 

何故東海道を歩くのか

 


テーマ: 東海道五十三次の旅

2023年10月31日火曜日より東海道を徒歩で踏破するという試みを始めました。

理由はいくつかあり

一つ目の理由は、正しい歩き方をトレーニングしたいということ。

ラグビー日本代表トレーナー佐藤義人先生のセミナーsato trainer’s academyを受講した際にフォアフットという歩き方を教えていただきました。

現代起こる様々な足回りを始めとした不調、巻き爪、外反母趾、膝痛、股関節痛、腰痛等は歩き方が原因の事も少なくないのでこれらを防ぐ為、患者さんに指導できるようになるためということもあります。

さらに正しい歩き方を習得するとパフォーマンスも上がるのです。

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峠越えやサンダルとの違いを実感するために靴を使うこともありますが、基本的にはビルケンシュトックのサンダルで挑戦。

佐藤先生はサンダルで24時間徒歩で歩き続けるというトレーニングを何度もしているそうで…ラグビー日本代表の堀江選手、松田選手もフランスワールドカップの前年行ったそうです。実際やっているとこれがいかに大変なことか実感できると思います。

歩くことにより自らを鍛え、歩き方のエラーを痛みで知り身体の仕組み、正しい歩き方を模索していくことが目的です。

ダイエット、メタボ対策というのもあります(笑)

 

もう一つの理由は、私自身の学びのため。

私はあまり学生時代勉強しなかったというのもあるのですが…平和主義の私は人気がある戦国時代の事等はほとんど興味がなく平和な江戸時代や欧米と折衝して近代国家の礎となった現代につながる幕末の歴史の方が好きなんですね。※まあ幕末もかなり戦争してますが…

恥ずかしながら今も歴史はほとんど詳しくないのですが、特に戦国時代以前の事はあまりよくわかっていません。

それらを含めて歩きながら学んでいければよいと思っています。

池波正太郎などの時代小説等にも出てくるように東海道は1601年から徳川家康が整備した五街道の一つ(東海道、中山道、甲州街道、日光街道、奥州街道)江戸幕府は日本橋京都間に53の宿場を設け、ご存じの通りこれが東海道五十三次の名称の由来となっております。

東海道は家康が整備する遥か昔から東西交通の要となっていたそうで。

大衆はもちろん、戦国時代の武将達、江戸時代の参勤交代の大名行列や幕末の志士達、埼玉の偉人渋沢栄一等、歴史を彩った様々な人々が往来していたと思うとなかなかロマンがあります。

東海道で京都、大阪まで行くというと現代ではまず浮かぶのは東海道新幹線、あとは東名高速道路を経て車やバスで行く。

もしくは、羽田や成田から大阪伊丹空港、関西国際空港まで行く今の常識的な移動ではないでしょうか?

私は現代では当たり前の東京ー大阪間の交通機関はほぼ利用したことがあります。

変わり種としては若い頃、お金が無かった私は大学の同級生の結婚式が三重県四日市市であった為、青春18きっぷを使い普通列車で四日市まで行き、翌日大阪でサラリーマン時代の同僚と会いランチしたあと普通列車を乗り継いで東京まで帰ったこともあります。

あとはサラリーマン時代名古屋出張の際に今は無き夜行列車ムーンライトながらを利用し夜通し東京まで帰ったりと東海道線には色々な思い出があります。

電車

弊所待合に飾っている鉄道模型

これは並走している部分もある横須賀線カラーですね、東海道線は緑とオレンジになります。

 

もう一つの理由は、日本をちゃんと見てみたいということ。

私は今年フランス、スペインを旅行し、昨年はアメリカカリフォルニアを旅行。

年に一度程度の海外ですので旅好きというにはおこがましいですが、一般の方よりは旅をしている方だと思います。

海外旅行好きにはあるあるかもしれませんが…そういう旅行に行くと他人によく言われるのが「日本もまだ行ってない所がいっぱいあるよな」ということ。

言ってる人は悪気はないのは百も承知ですが…特に海外旅行に行ったことが無い人なんか言いがちですね。(笑)

なのでそういう人に「国内も結構行ってて旧東海道を踏破しましたよ」とマウントを取りたい言わば虚栄心というやつです。

私が好きな鉄道系、旅行系ユーチューバースーツさんの東海道電動アシスト自転車の旅の影響もかなりあります。

言い回しなど言ってみればパクリいや、インスパイア系劣化版という事でご容赦ください。

実際、日本も行っていないところがたくさんあるのでこれを機に色々見てきたいと思います。

 

江戸時代の人々は14日程度で京都まで歩いたそうですが、整骨院の営業があるので全行程続けて歩くことは困難ですので休みを使って時には一泊二泊の行程を経てその都度八潮に戻り月1~2回のペースで2024年中には完歩したいと思っております。

ライトな鉄道好きなので帰りは電車や新幹線を利用したり、少し変わった方法で帰京したりもしようと思います。

 

その都度、身体に関して変化した事、感じた事、そこで見た様々な事を当ホームページで発信していきたいと思いますので興味があればご覧ください。

 

 

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